木々のささやき まごころを贈る パンの木輪 北九州市 八幡西区

 
 
木々のささやき
 

「技術」は あと 、「人間性」が さき

  三月は、卒業の季節。また、新たな職場への異動の季節。中には、脱サラを決意し、一人で大海へ漕ぎ出す方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 そんな時、よく聞かれるのが「お前の事だから、きっと大丈夫だよ。きっとうまくやれるよ。頑張れよ。」といった言葉です。

 私も十九年前、脱サラした際、多くの方々から激励の言葉としてそのような言葉をかけられました。考えようによっては、このような言葉程、あてにならないと考えられないこともないと思えます。私の場合ですと、パン造りの技術があったわけでもなく、パン屋を多少でも経験したわけでもなく、全く何もない、ないないづくしの私の将来に「大丈夫」とか「きっとうまくやれる」という保証はないのに、何故そのような言葉が出たのでしょう。皆がそう言えたのは、きっと、私のこれまでの人間性から判断してのことだと思えます。「素直さ、謙虚さ、誠実さ、努力をおしまない」等、そうした人間としての徳性をどの位持っているか否かで、そうした言葉が口から出たのだろうと思われます。

 反対に人間としての徳性には欠けているが、例えば製パン技術を持った人が新たな分野の仕事を始めるときはどうかと考えてみますと、技術が使える分野ならまだしも、技術が使えない違う分野の仕事となると、うまくやっていけるか否か、不安が先に立ちます。まして自分が経営者となり会社を運営していくとなると大変むつかしくなるようです。

 パン業界を例にとりますと、昭和五十年代に大手パン屋さんで技術を磨いた方達が、一斉に「焼き立てパン」を武器に個人店を開店させていきました。ものめずらしさもあって「焼き立てパン」は一時的には盛況でしたが「焼き立てパン」がめずらしさを失い、当たり前になったとき、その対応に苦慮し、自分自身の高齢化や後継者の問題と重なって廃業の一途をたどったようです。「技術」だけでは、生き残れないことを示した一例でしょう。その後、いろいろな業種から脱サラ組を含めて、この業界に参入してきています。

 これから私達のような個人のパン店に求められているのは、まずパンを造る人達が、また、パン店を経営する経営者が一人の人間としての徳性を高めることが何よりも増して求められているようでなりません。何故なら、いろいろな問題の解決や、分岐点での正しい選択や判断を行うに当たっては、人間としての正しい在り方や正しい生き方がベースとなっているからで、それなしに、選択や判断を下すとなると間違った判断を下しやすくなるからです。

 「素直さ、謙虚さ、誠実さ、努力をする」等々の人間としての特性を備えた人がその上で「技術」の修得に励むことにより、さらに店が発展し、ひいては、業界の発展と地域社会への貢献につながっていくようです。

「技術」は あと 、「人間性」が さき とつくづく感じます。

 

2005年3月 第170号より

芳野 栄

 
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